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聞こえるということ

一昨日実家から大学へ戻ってきました。お財布が潤沢になったところで、ちょっと高級なイヤホンが欲しいなと。37000!?は!?


そんなことを考えてたけど、思いとどまった、そんな事件?のお話。


とある駅で、乗り換えホームの階段を降りていた。乗り換え時間は2分。聞いただけで何となく足が急く。他の乗客も同じく、乗り換え線への列は足早だった。

階段で、ゆっくりと降りているおばあちゃんがいた。その隣を、誰もが足早に行く。あと数段でおばあちゃんを追い越す。何も意識していたわけじゃなかったけど、私も追い越すことだけはわかってた。

そんなとき、おばあちゃんが何か言っていることに気がついた。

47分発ですかね?(このとき19:45分)

隣を通過した人は、答えない。
なんとなく、私は、「47分ですね」と呟いた。

おばあちゃんは聞き取ってくれたらしく、「間に合いますかね?」と返してくれた。「間に合うでしょ~」と、私は返した。

思えば、せっかくなので一緒にゆっくり歩いたほうがよかったのかもしれないが、荷物の重さに辟易していた私は、列の流れに乗って通り過ぎてしまった。

このとき私は、いつものように左耳にはイヤホンをつけていた。聞いていたのは音楽だったか何だったか忘れたけど、何かを聞いていた。


私が買いたいイヤホンの、売り文句にはこう書いてある。
「聞きたい音は、私が決める。」
高性能ノイズキャンセラ機能付き。
確かに私は、これに憧れた。
ききたいおとは、えらびたい。


ところで、おばあちゃんの声は、聞きたくない声だったのか?
人の不安な声に、答えることは、それをふさぐのにお金を払うことに変えられるのか?

常に自分が聞きたい音だけの中にいる。それはとても快適だと思うし、知っている。
でも、それが、必要な情報まで消してしまうということは、自転車や車の事故を見ればわかる。

ものは、使いようだ。
結論は、それだけ。
でも、例えばノイズキャンセラを四六時中使う人だらけだとしたら、誰が人の声や音に気づけるだろう。

Excuse me?
Can you help me?

きっと何かが、出来るだろうに、聞こえてなければ、手もさしのべられない。


んー、いまのところ、お金を払ってまで、聞きたくない音はないのかなぁ。私には。

そんだけのお話。

まぁ私田舎モンなんで、都会の音までは知りませぬなー
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